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Miliファンの雑文置き場

9.8はどうして「転生の曲」なのか:私のMag Mell 解釈

Mag Mell とは何だったのか

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Mag Mellが発売されて7年が経ちます。Miliの原点であるこのアルバムは、Miliの曲や世界観について考察をしようとしたら避けては通れません。このストーリーや世界観については多種多様な解釈があるでしょう。これはその一つで、私なりの解釈を書いたものです。

Mag Mellとは何だったのか?まずは公式の言及を見てみることにします。この当時のツイートはあまり多く残っていないですが、たとえばこんなものがあります。 f:id:shirasu_t:20210610234307p:plain 死者の国、楽園の国。 さらに公式アカウントからもこんなツイートが。

ここでも「死者の国」「楽園」という言葉が現れます。 はじめに結論を言うと、私はMag Mellとは文字通り「死者の国」なのだと思っています。Miliの宇宙では死んだ人はMag Mellに至るということです。 なぜこれが重要なのか、なぜこう考えられるのか、これらはNine Point Eightと関わってきます。9.8の歌詞はおおよそ、主人公が恋人の後を追って自殺するバッドエンドの曲だと思われているでしょう。しかしそれとは裏腹に、モモカさんは「9.8はバッドエンドではなく、転生の曲」だと繰り返し言及しています。 (例えば、以下のAsk.fmの質問やツイートなど)

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Q...あなたの書く歌詞は、なんでそんなにダークなんですか?9.8って、ビルから飛び降りる女の子の歌みたいじゃないですか。
A...彼女が自分なりの人生を歩み、自分の決断に従って行動しているという側面を見るなら、そうダークなものでもないでしょう? *1

「Mag Mell = 死者の国」の説をとると、9.8のもつこの不可解さが説明できます。こう考えてみましょう。9.8が自殺の歌で、それがバッドエンドに思えるのは、私たちが死後の世界を否定しているからです。しかし、Mili宇宙においてはMag Mellという死後の世界が存在しているのだとしたら? 主人公と恋人はMag Mellに至れたということになり、それは転生というハッピーエンドだと言えるのではないでしょうか?

Nine Point Eightという曲は2つの面を持っていることになります。この曲はそれ単体では自殺の歌です。しかしMag Mellという大きな文脈に接続されることで本当に転生の歌になるとしたら。

Nine Point Eight & A Turtle's Heart 読解

つぎに、A Turtle's Heartとの関連でNine Point Eight の歌詞を読んでみます。 まず、Nine Point Eightの歌詞から読み取れるストーリーを整理してみましょう。

I cried out
Please don't leave me behind, leave me behind
So you held me tight
And said I will be just fine, I will be just fine, I will be just fine

最初の部分は、主人公と恋人との離別について描かれているように思えます。このシーンは回想のようなものでしょうか。しかし決定的なのは次の部分で、「君の炎 your flames」と「 ashes」という表現から、どうやら火葬のことを描写しているようです。

Sparkling ashes drift along your flames
And softly merge into the sky

また、モモカさんは過去にAsk.fmで「9.8に出てくる花の意味は?」という質問に答えていて、それによるとはじめの一節の花は「"you"の快癒を祈って贈られたもの」で、次の一節に出てくる花は「葬式用の花束に使う一般的なもの」です。はじめの一節と次の節の間で恋人(you)が病死していることが示唆されています。

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ask.fmより

歌詞に戻りましょう。

Zipped my mouth
I just keep climbing up, keep climbing up
Justify our vows
I know you are right above, you are right above, you are right above

かくして主人公は、相手の後を追って自殺を試みるのですが、ここで現れる「誓いは必ず守ってあげる Justify our vows」というフレーズは意味深です。「誓い vow」 とは?この語はどうやら、結婚か修道院での誓いを指すようで(オックスフォード英英辞典にtypically to marriage or monastic careerとある)、おそらく結婚の誓いか、それに近いものをこの二人は結んでいて、主人公が後を追ったのはこの誓いによるものだという解釈ができます。あとで出てくるので、少し覚えておいてください。

一方で、A Turtle's Heartではどうでしょうか。

Turn around and I realized
That I have been left behind

Nine Point Eightの主人公は、置いていかないで(don't leave me behind)と頼みましたが、A turtle's heart の主人公は置いていかれた(left behind)ことに気づいてしまう。*2そして、自殺を図ったNine Point Eightの主人公とは異なり、この主人公は死ねないことに苦しんでいるようです。

Oh but darling darling darling you have to make sure
To stab me pierce me hurt me kill me thoroughly
You see
My heart won't die but I really tried

でもねダーリン、ダーリン、ダーリン、君はちゃんと、
僕を刺して、貫いて、痛めつけて、殺してくれないといけないんだ
わかるでしょう
僕の心臓は死なないんだよ、何度も試したんだ

*3私は、この二曲はただ対の表現が見られるだけではなくて、同じ世界設定上でのもしもの話なのだと思っています。つまり、もしNine Point Eightの主人公が自殺できなかったとしたら?そのもしもの話を描いたのがA Turtle's Heartなのではないか、そう私は思っています。

ところで、A Turtle's Heartの歌詞には「きっと、きっと、きっと、君は許してくれてるはずだから Maybe maybe maybe you've forgiven me」という一節があります。何を許すのでしょうか?先ほどの「誓い」のことを思い出してください。 A Turtle's Heart = Nine Point Eight の主人公にとって、自殺をしなかったことは「誓い」を破ることにはならないでしょうか。それを恋人が「許してくれてるはず」と言っていたとしたら。こう考えると、不明瞭だった2曲の各箇所はつながっているようにも思えます。

そして、この二曲の対比で、明らかにNine Point Eightはハッピーエンド、A Turtle's Heartはバッドエンドとして描かれているようです。なぜ自殺の歌の方がハッピーエンド足りうるのか、この疑問にも、「Mag Mell = 天国」説を取るとしたら納得がいきます。Nine Point Eight の主人公は天国に至ることができたと考えられるからです。

ところで、A Turtle's Heart/ Nine Point Eightには他にも関連が匂わせられている曲があって、それがHueに収録されているOpiumとDKの2曲です。今までのことをもとに、この2曲についても解釈をこころみてみます。

Opium

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この曲が発表された当時、A Turtle's Heartの関連曲だと話題になりました。おそらく主な理由は、Youtube版のアートワークのお姉さんが、Mag Mell ブックレットの少女に似ていたためだったと思います。たしかに歌詞を見ると、この曲はA Turtle's Heartからさらに時間が経ったのちの物語だと読むことができそうです。そこから遡ってブックレットのイラストの花がポピーに見えることなども指摘されました。 しかしそれよりも気になるのは、背景にある、Mag Mellに出てきたこの星です。このクレーターのある星がもし(天国としての)Mag Mellそのものなのだとしたら、Opiumの主人公は、Mag Mellの星の外に居ます。それは主人公がMag Mellに至れなかったという意味にとれないでしょうか。これも私が「Mag Mell = 死者の国」だと思っている理由の一つです。

DK

Opiumは歌詞の面ではわかりやすく関連が示されている箇所は少ないですが、DKは9,8/亀の両曲を連想させるようなフレーズが多くあります。

I'm standing at the edge of reality
Will you miss me
If I take a leap
現実の限界点に立ち止まる
もし私が飛び降りたら
君は寂しくなるかな

ここはNine Point Eight の「I'm on the top of your world」「And take a leap to hell」のフレーズを意識しているように思えます。しかし、DKの主人公は9.8の主人公とは異なり、飛び降りることをただ想像するにとどまっている。DKの主人公は飛べなかったようで、殻(Shell)の中に閉じこもってしまいます。*4 先にA Turtle's HeartはNine Point Eightの「もしもの話」じゃないかと言いました。そこからすると、DKはNine Point EightのストーリーからA Turtle's Heartのストーリーに移行するその境目を描いているように思えます。

I'm rotting inside my shell
I'm left behind
Left to decay
殻の中の私は腐ってゆく
取り残されて
腐敗する

そしてこの箇所では、また9.8/ 亀に共通する Left behindという言葉が出てきます。それではRottingとは?私は、この部分はNine Point Eightの最後の部分、

Delicate flesh decomposes off my rotten bones
肉の塊は腐った骨から剥がれ落ち

との対比だと思っています。腐った骨から離れて自由になる(Nine Point Eight)か、取り残されて腐敗を待つ(A Turtle's Heart, DK)か。もしMag Mellが死者の国の物語だとしたら、Nine Point Eight, A Turtle's Heart, DK, Opium, 今まで取り上げたこの四曲はどれも生と死をめぐる曲です。そしてこの対比において、腐敗すること(to rot, to decay)は生の側のモチーフとして使われているように思えます。Rosettaにも次のような一節があります。*5

Rosetta
For everyone everywhere everything
will betray your innocent heart
All of them
All of them
Soon will be rotten

ロゼッタ
どんな場所も 誰もが 何もかもが君の無邪気なココロを裏切るだろう
何もかも 全てが いつか腐って行く

さて、これまでの4曲の解釈をまとめます。まずA Turtle's Heart は、Nine Point Eightで恋人を失った主人公が、しかし自殺できなかったら、というもしもの物語だと言いました。そしてOpiumは、A Turtle's Heart の世界線で、さらに時間が経った後の物語です。DKはA Turtle's Heartに至る一歩前、Nine Point EightとA Turtle's Heartを接続する部分のストーリーを補完している、この4曲にはこういったストーリーがあると私は思っています。

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雑な概念図フローチャート

Mag Mell の他の曲について:Rosetta

ここまではNine Point Eight と周辺の曲を見てきました。それでは、Mag Mellに収録されている他の曲は?私は他の曲にも、Mag Mell = 天国に通じるようなストーリーを読みとることができるはずだと思っています。成立を考えると、Mag Mellはその時点での既発表曲に未発表曲数曲(Imagined Flight, A Turtle's Heart, Rosetta...)を加えてできあがっています。なので個々のストーリーはばらばらですが、それでもMag Mell = 天国というところでつながっている、そう思えてなりません。Miliの宇宙には多種多様な世界、Miracle Milk にあったような星たちがあり、現代日本に似た世界(Nine Point Eight)があったり、ファンタジーな理想郷(Utopiosphere)があったりする。そしてそのいずれで死んだ人も等しくMag Mellに至る。こうしてばらばらに見えるストーリーがMag Mellという大きな文脈に接続される、Mag Mellにはそういう機能があると思います。

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他の曲のなかでも、Rosettaは今言ったような方向での読み方がしやすい曲です。というのも、歌詞に次のような一節があるからです。

Find a future
Find a land of dreams
Find a heaven
Find a home that won't leave you
未来を探す
夢の国を探す
天国を探す
道を迷っても 帰りを待つ家を探す

AOさんがTumblrに上げているRosettaのアートワークにはキャプションがついていて、それによればRosettaは「天国を探していた女の子」です。*6 歌詞からはRosettaが本当に「夢の国」「天国」にたどり着いたのかは定かではありませんが、この「夢の国」「天国」そして「帰りを待つ家」はMag Mellのことだ、という読み方ができます。したがって、Rosettaも、Nine Point Eight の主人公たちとは別のしかたで、Mag Mellを探し求めた女の子の話だという解釈ができあがります。他の曲(Imagined Flight, Utopiosphere...)も同じように読めるかもしれません。

おわりに

この記事では、Nine Point Eightを中心にその周辺の曲、Mag Mellについての私の解釈を話しました。それでもこれはごく一部で、またMag Mellには不可解な部分が沢山残っています。(Imagined FlightのMVはどういう意味なのかブックレット1ページ目のスニーカーを履いた人物は誰なのかerrerとは何なのか、etc)Mag Mell自体はMiliの中では昔の作品ですが、まだ語れることは山ほどあるはずです。この記事を読んだ人が、ブログ記事など何かの形で自分の解釈を書いてくれると嬉しいです。Mag Mellの、ひいてはMiliの談義がより盛り上がることを祈って。以上、ここまで長い記事を読んでくださってありがとうございました。

*1:move on one's life は少し訳しづらいので、この訳は参考までに受け取ってください

*2:この語がキーワードになっているのは、おそらくDeemoの副題、Never left without saying goodbye (さよならも言わずに、消えてしまわないで)からでしょうか

*3:A Turtle's Heart には公式の和訳がないので、以降は拙訳を使います

*4:Shellは殻とも甲羅とも訳すことができます。A Turtle's Heartには公式訳がなく、非公式の訳では多くの場合甲羅と訳されていますが、殻と同じShellです

*5:ちなみに、Rosetta, DK, 9.8 の他に 腐る rot という言葉が出てくるのは、Extension of You (I know that bodies rot) などがあります。身体は有限で、いずれどうしようもなく腐ってしまう、そういう観念論がここに読み取れます。ところで、Miracle Milk に再録された Utopiosphereには 「プラトン主義 Platonism」という副題が新しく付けられていますが、プラトンはまさに肉体の作用よりも魂の作用を信じた観念論の始祖といえる哲学者です。煩雑なので今回は省きましたが、ここにはUtopiosphereとのつながりも見えると思っています。

*6:https://suidoukannoharetu.tumblr.com/post/70180625390/rosetta-mili